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キャッチコピー

代表メッセージ

Message

全聚徳は150年余りの歴史ある老舗です。私どもの料理の奥深さ、食文化の豊かさを、 どのような形で皆様にお伝えしていくことができるのか、私どもにとって大きな課題であり、 また楽しみでもございます。 

全聚徳の独特の食文化や、北京ダックをはじめとした多岐にわたるメニューは、中国の 飲食業界においてもナンバーワンであると自負しております。 

全聚徳の料理は、宮廷文化、貴族文化、庶民文化などが複雑に融合して生まれました。 そしてこれらの文化や歴史の背景が、私どもの料理には色濃く反映されております。 当店で本場の北京ダックをご賞味頂きながら、 中国の雄大な歴史と、そのなかで育まれた 食文化を感じて頂ければ幸いに存じます。

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​会社概要

Company

会社名

全聚徳ジャパン 株式会社

所在地

〒104-0061 東京都中央区銀座5-8-9 BINO銀座5F

TEL

03-5568-8668

FAX

03-5568-7688

代表者

代表取締役社長 劉 岩

設立

2004年4月

店舗

全聚徳 銀座店
〒104-0061東京都中央区銀座5-8-9 BINO銀座5F
TEL 03-5568-8668 / FAX 03-5568-7688

全聚徳 新宿店
〒160-0022 新宿区新宿3丁目32-10 T&Tビル8・9階
TEL 03-3358-8885 / FAX 03-3358-8166

全聚徳 六本木店
〒106-0032東京都港区六本木6-1-24 ラピロス六本木202
TEL 03-6432-9689 / FAX 03-6432-9789

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150年にわたる全聚徳の歴史

History

ダック焼いている楊さん.jpg

「全聚徳」の第一歩は、ここから始まりました。

清朝時代の同治3年(1864年)、「紫禁城」の前の前門通りにある「全聚徳」の炙り炉で燃える炭火が、中国民族の食文化に「全聚徳北京ダック」という新たな一品をもたらしました。
のちに中国内外に広く知られる名店「全聚徳」の第一歩は、ここから始まりました。

北京ダックの代名詞として、その地位を確立。

古くから多くの商人が集まる北京の前門大通り。
明清時代に入ると数々の店舗が立ち並ぶようになりました。


河北省冀県で鶏とアヒルを売って暮らしていた楊寿山(1822年 ~ 1890年) は、1864年に、蓄えの全てをかけ、前門大街にある倒産した果物店「徳聚全」を買い取りました。


楊寿山は風水師の勧めにより店名を「全聚徳」と改め、宮廷料理人の孫師匠を招きました。
それまで一般的であった「燜炉烤鴨(扉を閉じて石窯の中で埋め火を使ってあぶる方式)」にかわる調理法として「掛炉烤鴨(開放式の石窯にアヒルを掛け吊るして焼く方式)」を考案、もとは宮廷料理だった北京ダックが、民間にもたらされました。
アヒル料理の絶妙な美味しさを、大衆も楽しむことができるようになったのです。
全聚徳は、北京で頭角を現し、清国から中華民国時代にかけて飛躍的な発展を遂げ、北京ダックの代名詞として、その地位を確立しました。

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今でも受け継がれる「全聚徳」の歴史

こちらは「全聚徳」の古い看板です。
19世紀につくられたこの看板は、まるで長老のように、これまで目にした歴史の全てを人々に語りかけているかのようです。

1952年、北京の飲食業界で第一陣の公私合同企業に

1930年代、人々に広く受け入れられ、大成功をおさめた全聚徳でしたが、1940年代は中華民族にとって動乱の時代となりました。
8年にわたる抗日戦争と3年におよぶ内戦により、中国経済は不景気のどん底に陥り、全聚徳も倒産間際まで追い込まれました。


1949年1月31日、中国人民解放軍が北平城(現在の北京)に入り、平和的解放を宣言、凱旋した軍隊は人々の歓声で迎え入れられました。
全聚徳の従業員たちは、この歴史的瞬間を目の当たりにしました。
新中国の成立とともに全聚徳は生まれ変わり、新たな発展のページが開かれたのです。


1952年、再興を待ち望んでいた全聚徳は、中国の政策実施に伴い、北京の飲食業界で第一陣となる公私合営の企業となりました。
その後、全聚徳の知名度も国内外で日増しに高まっていきました。

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Image by Micha Brändli

中国北京・全聚徳グループを設置。

1993年5月20日は全聚徳にとって忘れがたい日となりました。
和平門、前門、王府井の全聚徳3店舗を中心に、50あまりの合弁企業が一体となり、中国北京・全聚徳グループを設置。フランチャイズ化を図るため、集団経営による発展の段階に入りました。
この日のために、全聚徳は長い歴史を辿ってきたのです。

​長城見なければ壮観とは言えず、全聚徳のダックを食さないのは遺憾である。

生活水準が向上するにつれ、中国の人々は世界的な観光ブームに乗り、そこから多くの喜びと発見を得ました。
また、観光産業の発展は、多くの企業が、自らの新たな価値を見出すきっかけとなりました。


万里の長城と京劇、そして全聚徳の北京ダックは、国内外から北京を訪れるお客さまにとって、中国北京に行った証、なくてはならない楽しみとなりました。その人気ぶりは「長城を見なければ壮観とは言えず、全聚徳のダックを食さないのは遺憾である」とまで言われるほどでした。

Image by Hanson Lu
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全聚徳の存在に欠かせない「ダック外交」

全緊徳の歴史は、諸外国の貴賓を招き外交の舞台としても利用されてきたことから、もてなしの歴史とも言われています。
田中角栄首相をはじめ日本の歴代首相、毛沢東主席や周恩来総理を筆頭とする中国の首脳など、実に数多くの要人が全緊徳をもてなしの場に選び、テーブルの上には必ず名物の 「北京ダック」がありました。

全聚徳は世界と中国を結ぶ架け橋

政界、芸術文化やスポーツなど、世界の200を超える国々から、さまざまな分野の著名人の皆様が全聚徳を訪れてくださり、全聚徳は世界と中国とを結ぶ架け橋となりました。


全聚徳の歴史は、単なる外食産業としてだけではなく、中国の食文化を代表するもののひとつとして発展してきたのです。

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